GPU市場にCUDA互換の新勢力台頭~中国企業とZLUDAが仕掛ける競争激化と企業戦略

GPU市場にCUDA互換の新勢力台頭~中国企業とZLUDAが仕掛ける競争激化と企業戦略 AI
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AI技術の急速な拡大により、GPU市場は大きな転換点を迎えている。Nvidiaが90%超の市場シェアを握るCUDA互換GPU分野に、中国企業や代替技術が本格参入を開始した。企業のAI戦略とコスト管理に重要な影響をもたらす市場変化の実態を詳しく分析する。

NvidiaのCUDAエコシステム独占

Nvidiaの市場支配は単なるハードウェア性能によるものではない。同社は2006年のCUDA発表以降、15年以上にわたり開発者向けソフトウェア環境を整備してきた。現在、CUDA対応開発者は400万人を超え、対応アプリケーションは数千に上る。

CUDAの強みは包括的なライブラリ群にある。基本線形代数のcuBLAS、高速フーリエ変換のcuFFT、AI分野で決定的役割を果たすcuDNNなど、高度に最適化されたツールが開発者の生産性を飛躍的に向上させている。この強固なエコシステムが、企業をNvidiaプラットフォームに強く結びつけている。

一度CUDAベースで構築されたシステムを他のプラットフォームに移行するには、莫大なコストと時間が必要となる。これが「ベンダーロックイン」効果を生み、Nvidiaの高い利益率と市場地位を支えている。

地政学的要因が生んだ新たな挑戦者

2022年以降、米国政府は国家安全保障を理由にNvidiaの高性能AIチップの中国向け輸出を段階的に制限した。この措置により、Alibaba、Tencent、ByteDanceなど中国の大手テクノロジー企業は代替ソリューションの開発を余儀なくされた。

中国政府は半導体の国内自給自足を国家戦略として位置づけ、国内企業に巨額の投資を実施している。この結果、複数の中国企業がNvidia製品の代替を目指す製品開発を急速に進めている。

Alibaba傘下のT-Headはデータセンター向けAIアクセラレータ「T-Head PPU」を開発した。同社は性能面でNvidiaのH20に匹敵することを目標とし、コスト面では40%の削減を主張している。既に国営通信会社のChina Unicomが3億9000万ドルを投じた新データセンターの主要AIチップとしてPPUを採用している。

InnosiliconとMoore Threadsも意欲的な製品を発表している。特にInnosiliconの「Fenghua No.3」は112GB以上の大容量HBMメモリとCUDA互換性を謳っているが、実際の性能や発売時期は不透明な状況にある。

CUDA互換技術の3つのアプローチ

非Nvidia GPU上でCUDAアプリケーションを動作させる技術的手法は主に3つに分類される。

第一はトランスレーションレイヤーによる方法だ。ZLUDAに代表されるこのアプローチは、NvidiaのCUDAドライバAPIへの命令をAMDのROCmやIntelのLevel Zeroに リアルタイムで翻訳する。既存のCUDAアプリケーションをソースコード修正なしに実行できる利点がある。ただし、NvidiaのEULAに抵触する可能性という法的リスクを抱えている。

第二はソースコード移植による方法だ。AMDのHIP(Heterogeneous-Compute Interface for Portability)は、CUDAのソースコードをHIPコードに変換するツールを提供する。法的リスクはないが、多くの場合に手動でのコード修正が必要となる。

第三はネイティブAPI互換による方法だ。中国メーカーが主張するこのアプローチは、CUDAのAPI仕様を独自に再実装する「クリーンルーム設計」を想定している。成功すれば究極のソリューションとなるが、技術的実現は極めて困難とされる。

性能と価格の競争状況

公表されているベンチマーク結果によると、AlibabaのT-Head PPUはNvidiaのH20と「同等」の性能を示している。メモリ容量は96GBで同等だが、チップ間インターコネクト帯域は700 GB/sとNvidiaを下回る。ただし、これらの情報は主に中国側の発表であり、第三者による独立検証が待たれる。

ZLUDAを使用したAMD GPU上でのCUDA実行では、3Dレンダリングソフト「Blender」においてAMDのネイティブ実装(HIP)を上回る性能が報告されている。これは、CUDAソフトウェアスタックの高度な最適化の恩恵をZLUDAを通じて受けられるためと考えられる。

価格面では、代替GPUが明確な優位性を示している。AlibabaのT-Head PPUは部品コストがNvidia H20より40%低いと主張されている。中国国内ではMoore ThreadsのMTT S80が16GBのVRAMを搭載しながら178ドル程度で販売されており、Nvidia製品より大幅に安価となっている。

企業導入における課題とリスク

代替GPUの導入には複数の課題が存在する。最大の懸念は性能の不安定性とドライバの未成熟さだ。ハードウェアの公称スペックと実際のアプリケーション動作時の性能に乖離が生じる可能性がある。

サポートされるCUDA機能の範囲も重要な検討事項だ。代替ソリューションは多くの場合、全機能のサブセットしかサポートしない。特に、Nvidiaが最新GPUと共に導入した新機能には対応できない場合がある。

総所有コスト(TCO)の観点も重要だ。初期のチップ価格は安価でも、既存CUDAコードの移行・改修費用、性能問題による機会損失、限定的なサポート体制による問題解決コストなど、隠れたコストが発生する可能性がある。

AI開発環境への対応状況

企業のAI開発で重要なPyTorchフレームワークの対応状況は混在している。AMDのROCmプラットフォームはPyTorchを公式サポートしており、メタ社と密接に協力している。ただし、一部の演算でNvidiaのcuDNNより性能が劣るケースが報告されている。

ZLUDAによるPyTorchサポートは開発途上段階にある。AI画像生成アプリケーションでの成功事例が報告されているが、導入には専門的な設定作業が必要となる。

中国製GPUにおけるPyTorch対応は限定的な情報しか公開されていない。各社は「既存ソフトウェアフレームワークとの互換性」を主張しているが、具体的な動作実績は今後の検証が必要となる。

今後の市場展望

短期的には、Nvidiaの市場支配は継続すると予想される。最先端のAI研究開発分野では、性能と安定性を重視するユーザーにとってNvidiaが最良の選択肢であり続ける可能性が高い。

中長期的には市場の構造変化が進行する見込みだ。ハイエンド市場ではNvidiaが優位を保つ一方、コストパフォーマンスを重視するミッドレンジ市場では代替GPUがシェアを拡大する可能性がある。

この競争激化により、GPU全体の価格低下とイノベーション促進が期待される。安価で高性能なGPUの選択肢増加は、これまでコスト制約でAI導入を見送っていた企業にとって新たな機会となる。

企業の戦略的対応

BKK IT Newsとしては、企業は現在の動向を注視しながら段階的な対応を検討することが適切と考える。まず、自社のAIワークロードを分析し、絶対的な性能が必要な用途とコスト効率を重視する用途を明確に分類することが重要だ。

ミッション・クリティカルなAI開発ではNvidiaプラットフォームの継続使用が推奨される。一方、概念実証や社内システムなど、ある程度のリスクが許容される用途では代替GPUの評価を検討できる。

また、将来的なベンダーロックイン回避を視野に入れ、可能な範囲でハードウェア依存を減らすソフトウェア設計を心がけることも有効な戦略となる。

GPU市場の多様化は企業にとってリスクと機会の両面を持つ。適切な情報収集と慎重な評価により、自社のビジネス要件に最適な選択を行うことが競争力維持の鍵となる。

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