タイデジタル経済振興庁(DEPA)とIMC研究所が発表した2024年調査結果によると、タイのデジタル経済は前年比23.35%という目覚ましい成長を遂げ、市場規模は2兆4,960億バーツに達した。政府は2027年までに3兆バーツ達成を目標に掲げるが、その実現にはAI導入の加速と労働力の構造的転換が不可欠な状況となっている。
過去の政策基盤が築いた成長の土台
タイのデジタル経済の躍進は偶発的なものではない。2016年に開始された「タイランド4.0」国家戦略により、製造業中心の経済からイノベーション主導型への転換が図られてきた。東部経済回廊(EEC)では最大15年間の法人所得税免除や高度専門人材への17%フラット税率など、積極的な投資優遇措置を提供している。
この長期戦略に加え、近年の短期的な触媒が成長を加速させた。COVID-19パンデミックは社会全体にデジタル化を強いたが、これが数年かかるはずだったデジタルトランスフォーメーションを数か月で実現した。さらに米中貿易摩擦による「チャイナ・プラスワン」戦略により、多くのグローバル企業がタイを製造拠点として選択している。
ハードウェア分野が全体を支える
2024年の成長を支えたのは、ハードウェア・スマートデバイス分野である。市場規模は1兆8,500億バーツに達し、デジタル経済全体の74%を占めた。成長率は26.62%と全分野で最高を記録している。
この成長は国際貿易の活況に支えられている。輸出は前年比23%増の1兆2,200億バーツ、輸入は34.4%増の6,241億バーツを記録した。背景には地政学的変化があり、サプライチェーン多様化を図る企業がタイを重要な製造拠点として活用している。
一方、デジタルサービス分野も前年比19.54%増の3,677億バーツと力強い成長を維持した。特にEリテールが46.29%増の1,171億バーツ、Eロジスティクスが17.60%増の1,087億バーツと、パンデミックで定着したオンライン消費行動が継続的な成長を支えている。
ソフトウェア産業は前年比8.46%増の2,334億バーツと安定した成長を遂げた。デジタルコンテンツ産業では、世界的なアートトイブームを受けてキャラクター産業が196%の驚異的成長を記録したものの、ゲーム・アニメーション分野では海外IP依存の課題が浮き彫りになった。
AI導入の遅れが最大のボトルネック
政府は2022年に「国家AI戦略・行動計画(2022-2027年)」を策定し、2027年までに少なくとも480億バーツのビジネス・社会的インパクト創出を目標としている。しかし、現実には深刻な導入のギャップが存在する。
DEPAと国連工業開発機関(UNIDO)の調査によると、タイの製造業の多くは依然として「インダストリー2.0」段階に留まっている。これは基本的な電子システム利用レベルであり、AI活用による「インダストリー4.0」には程遠い状況だ。
中小企業におけるAI導入の遅れは特に深刻である。人事部門でAIツールを活用している専門家はわずか12.8%に過ぎない。3兆バーツ目標達成はAIによる各分野の成長加速が前提となっているため、この導入ギャップは最大のリスク要因となっている。
労働市場の構造的変化
デジタル経済の成長は労働市場に矛盾した影響をもたらしている。経済的価値で最大のハードウェア分野では、自動化進展により雇用者数が5.05%減少し305,875人となった。これは経済成長が必ずしも雇用増につながらない現象を示している。
対照的に、ソフトウェア分野では雇用者数が23.77%急増し175,254人に達した。これは労働需要の質的転換を示しており、AI、クラウドコンピューティング、データサイエンスといった高度デジタルスキル人材への需要が爆発的に増加している。
政府は「デジタルスキル・ロードマップ」により年間100万人のデジタル人材育成を目標としている。認定コース受講費用の最大250%税額控除や、認定人材雇用時の給与費用150%税額控除など強力な優遇措置も導入している。
今後の展望:持続可能な成長への課題
3兆バーツ目標達成には、技術的可能性よりも社会経済的変革が重要となる。最大の課題は製造業を中心とする経済基盤を真のAI活用(インダストリー4.0)へ移行させることだ。これが実現できなければ、生産性向上は頭打ちとなる可能性がある。
人材獲得競争での勝利も不可欠である。現在のスキルギャップは成長の最大制約となっており、国家的規模のスキルアップ・再教育プログラムの効果が今後を左右する。自動化により労働者を代替するスピードと、再教育により労働者能力を転換させるスピードとの競争が、社会的安定を決定づける。
企業への示唆
タイのデジタル経済成長は企業にとって重要な機会である一方、戦略的対応が求められる。まず、ハードウェア分野の高い成長率は魅力的だが、世界経済変動への脆弱性を認識した上での投資判断が必要だ。
デジタルサービス分野では、パンデミックで定着した消費行動変化が持続的成長の基盤となっている。Eコマース、デジタル決済、オンラインサービス関連への投資機会は今後も拡大が見込まれる。
最も重要なのは人材戦略である。企業は政府の優遇措置を活用し、従業員のデジタルスキル向上に積極投資すべきだ。また、自動化導入時には雇用への影響を慎重に検討し、社会的責任を果たすことが持続的成長につながる。
BKK IT Newsとしては、タイのデジタル経済は技術的ポテンシャルを十分に持つが、その実現は社会全体の変革能力にかかっていると考える。企業も政府も、包摂的で持続可能な成長モデルの構築に向けた長期的視点での取り組みが不可欠となるだろう。
参考記事リンク
- depa reports Thai Digital Industry Grew 23.35% in 2024
- AI to drive Thailand’s digital economy to 3 trillion baht by 2027
- Thailand’s National AI Strategy and Action Plan (2022-2027)
- depa Reveals 2024 Digital Density Survey in Thai Industry: Moving Toward Level 2.0
- Thailand’s Digital Future Key to Boosting Growth – World Bank